子どもを見ていると、毎日のように新しいことができるようになっていきます。
昨日までできなかったことが、今日はできる。
その成長は、とても分かりやすい。
それに比べると、大人の成長はもっと見えにくいものなのかもしれません。
でも、息子と過ごす毎日の中で、ふと思うことがあります。
私もまだ、育っている途中なのかもしれない。
母になってから、昔の自分ならしなかったことを少しずつするようになりました。
下を向いて歩くことが多かった私が、前を向いて歩くようになった。
近い距離でも車で移動していた私が、息子と一緒に歩くようになった。
作文が苦手だった私が、自分から文章を書くようになった。
どれも、とても小さな変化です。
でも今は、そんな小さな変化も「成長」と呼んでいいのかもしれないと思っています。
今回は、母になって少しずつ変わってきた、そんな今の私について書いてみたいと思います。
大人になれば、もう少し「完成した自分」になれると思っていた
子どもの頃、大人はもっと迷わないものだと思っていました。
学校を卒業して、仕事に就いて、自分で生活できるようになれば、自然と「ちゃんとした大人」になれる。
そんなイメージが、どこかにありました。
私は医師になりました。
長い学生生活を終えて働き始めたときには、「これでようやく社会人になった」という気持ちもありました。
でも、仕事を始めたからといって、急に自信がついたわけではありません。
仕事のことも、結婚も、家族も、働き方も、お金のことも。
年齢を重ねれば自然に答えが分かると思っていたけれど、実際にはそんなことはありませんでした。
むしろ、人生の選択肢が増えるほど、迷うことも増えていったように思います。
優柔不断な自分が、あまり好きではなかった
私は昔から、優柔不断な自分があまり好きではありませんでした。
大きなことだけではなく、本当に小さなことでも迷います。
電車やバスに乗ったとき、
「ここに座ったら、隣の人に迷惑かな」
と考える。
外食に行けば、メニューをなかなか決められない。
そんな自分を見るたびに、
「もっと迷わず決められたらいいのに」
と思っていました。
迷っていると、前に進めていないような気がしていたのだと思います。
でも最近は、その考え方が少し変わってきました。
迷うからこそ調べる。
迷うからこそ、自分が何を大切にしたいのか考える。
選んでみて、
「やっぱり違ったかもしれない」
と気づくこともある。
それも、止まっていることではないのかもしれません。
母になって、価値観が変わった
そんな私の価値観を大きく変えたのが、子どもの存在でした。
子どもが生まれる前の私は、仕事をすることが生活の中心にありました。
働いて、収入を得て、できる範囲で貯金や投資をする。
それはごく自然なことでした。
でも、子どもが生まれてから、
「時間をどう使うか」
ということを以前よりずっと考えるようになりました。
仕事にどれくらい時間を使うのか。
子どもとどれくらい一緒にいられるのか。
収入を増やすことと、家族との時間を守ること。
どちらも大切だからこそ、簡単には決められません。
お金との向き合い方も変わりました。
以前は「少しでも資産が増えたらいいな」と思っていた投資も、今では、
自分や家族の選択肢を増やすためのもの
という意味が大きくなりました。
母になって、私にとっての「豊かさ」の意味も少し変わったのかもしれません。
資産形成については、以前の記事「投資が怖かった私が、資産形成を始めるまで|初心者が最初にやった5つのこと」でも書いています。
母になって、見える景色まで変わった
変わったのは、仕事やお金のような大きなことだけではありません。
日常の中で、目に入るものまで少し変わったように感じます。
以前の私は、人と目が合ったり、話しかけられたりするのが苦手で、外を歩くときに下を向いていることがよくありました。
近い距離でも車で移動することが多く、途中の景色をそれほど気にしていませんでした。
でも、子どもが生まれてから、近所を歩くことが増えました。
息子と歩いていると、これまで気づかなかったものが目に入ります。
空の色。
木々の緑。
風の匂い。
虫の声。
「こんな景色が、こんなに近くにあったんだ」
と思うことがあります。
毎年聞こえていたセミの鳴き声も、そのひとつです。
以前の私にとっては、どちらかというと耳障りな夏の音でした。
去年はつわりがひどく、セミの鳴き声に気づく余裕すらありませんでした。
でも今年、その声を聞いたとき、
「冬生まれの息子にとって、初めての夏なんだな」
と思いました。
息子はまだ「夏」という季節を理解しているわけではないと思います。
それでも、暑い空気も、木々の緑も、セミの声も、一緒に感じている。
「息子も夏を感じているのかな」
そう思うと、毎年同じように聞いていたセミの声が、少し違って聞こえました。
子どもが生まれて生活は忙しくなったのに、不思議と以前より季節を感じる瞬間が増えています。
下を向いて歩くことが多かった私が、息子と一緒に歩きながら、少しずつ周りを見るようになった。
母になって変わったのは、人生の大きな価値観だけではなく、日常の景色の見え方なのかもしれません。
苦手だった文章を、今は自分から書いている
もう一つ、自分でも少し意外に思う変化があります。
私は、小さい頃から文章を書くことが苦手でした。
作文の宿題は、いつも苦痛でした。
何を書けばいいのか分からない。
自分の気持ちを文章にするのも得意ではありませんでした。
そんな私が今、自分から文章を書いています。
しかも、それまでほとんど使ったことのなかったSNSで、自分の言葉を発信するようになりました。
昔の私が知ったら、少し驚くかもしれません。
今でも、上手に書けているのか自信はありません。
それでも、
「苦手だからやらない」ではなく、「苦手だけれど、やってみる」
と思えるようになりました。
投資を勉強することも。
AIを使ってみることも。
ブログを書くことも。
最初から得意だったわけではありません。
分からないなりに触ってみる。
少しやってみる。
続けてみる。
そんな小さな行動を、以前より選べるようになりました。
今も、答えは出ていない
母になって価値観が変わったからといって、これからの生き方が決まったわけではありません。
仕事には戻るのか。
戻るなら、どんな働き方を選ぶのか。
どこまで収入を求めるのか。
子どもとの時間をどう守るのか。
まだ、はっきりした答えはありません。
以前の私なら、「決められない自分」に目を向けていたかもしれません。
でも今は、
答えが出ていなくても、その間にできることはある。
と思うようになりました。
投資について学ぶ。
AIを使ってできることを探す。
文章を書いて、自分の考えを整理する。
今まで知らなかった可能性を知る。
一つひとつは小さなことです。
それでも、今の自分にできることを少しずつ試してみたいと思っています。
迷うことは、止まっていることではない
今でも、私はよく迷います。
外食のメニューにも迷うし、人生の大きな選択にも迷います。
たぶん、これからも急に決断力のある人になるわけではありません。
でも、以前とは少し違います。
迷いながら調べること。
自分の気持ちを言葉にしてみること。
一つ試してみること。
やってみて、違うと思ったら考え直すこと。
それも全部、前に進むことなのかもしれない。
最近は、そう思えるようになりました。
「優柔不断な自分」は、今も完全には好きになれていません。
でも、
迷いながらでも進める自分
のことは、以前より少し認められるようになった気がします。
息子と一緒に、私も少しずつ育っていきたい
息子を見ていると、毎日少しずつ変化しています。
できなかったことができるようになったり、新しい表情を見せたり。
その変化を近くで見ていると、
「私も少しずつ変わっているのかな」
と思うことがあります。
数年前の自分と比べると、確かに少し違います。
下を向いて歩くことが多かった私が、少し前を向くようになった。
近い距離でも車で移動していた私が、息子と歩きながら季節を感じるようになった。
耳障りだと思っていたセミの鳴き声から、息子の初めての夏を感じるようになった。
作文が苦手だった私が、自分から文章を書いて発信するようになった。
迷う自分を嫌っていた私が、
迷いながら進むことも、ひとつの成長なのかもしれない
と思えるようになった。
どれも、とても小さな変化です。
でも、大人の成長は、案外こういうものなのかもしれません。
息子には、これからたくさんの「初めて」が待っています。
その隣で、私にもまだ、初めて知る景色や、新しく変わっていく自分がいるのかもしれません。
焦らず、迷いながら。
息子と一緒に、少しずつ。
私はまだ、育っている途中です。

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